大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)5139号 判決 1979年7月10日
原告
小東久夫
被告
北正義
主文
一 被告は原告に対し金九七万三、三九六円およびこれに対する昭和五三年八月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
「(一) 被告は原告に対し、金一六三万二、四一八円およびこれに対する昭和五三年八月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二) 訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言。
二 被告
「(一) 原告の請求を棄却する。(二) 訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 事故の発生
昭和五〇年一二月三日午前一一時四五分ころ兵庫県川辺郡猪名川町北田原字一本松一五番地先道路(県道篠山川西線)上において、北(篠山方面)から南(川西方面)に向かつて進行中の原告運転の普通乗用自動車(神戸五五も六八九五号、以下原告車という。)の前部と南から北に向かつて進行中の被告運転の普通貨物自動車(京四四ほ七〇一九号、以下被告車という。)の前部とが衝突した。
(二) 被告の責任
被告は本件事故当時被告車を所有し、同車を自己のために運行の用に供していた者であるとともに、右事故現場付近は同車の進行方向に向かつてかなり急な右に湾曲した曲り角であり、公安委員会が最高速度を四〇キロメートル毎時に制限しているのであるから、前方を十分注視して徐行しながら自車線上を進行すべき注意義務があるのにもかかわらず、これを怠り、約六〇キロメートル毎時の高速度で進行し、前方に駐車車両が二台あつたので、これを避けて前方を注視しないまま漫然と対向車はないものと軽信し、対行車線上に進出した過失により右事故を発生させたものである。
(三) 原告の被つた損害
1 受傷
頭部および頸部挫傷、右膝部挫傷
2 治療経過
(1) 入院
昭和五〇年一二月三日から同月一七日まで市立川西病院に(一五日間)
(2) 通院
同月一七日から翌五一年八月一八日まで同病院に(うち実治療日数一三日)
ほかに市立池田病院に。
3 物損
原告所有の原告車の大破
4 損害額
(1) 治療費 二万一、〇三六円
(2) 休業損害 七一万一、三八二円
原告は大正一五年一一月二九日生まれの右事故前は健康であつた男子であり、土木および製材業を営み昭和五〇年は少くとも年収一一二万四、九九四円を得たが、昭和五一年は右事故による受傷のため稼働ができず九二万四、一八六円の欠損を生ずるに至つた。原告はもし右事故に会わなかつたら昭和五一年は少くとも昭和五〇年と同額の収入があつたと考えられるので、同人の休業損害は、その休業期間を昭和五一年一月一日から同年八月一八日までの二三一日間とみて、前記の一一二万四、九九四円を日割計算してその基礎日額として標記の金額と算定するのが相当であると考えられる。
(3) 慰藉料 五〇万円
本件事故の態様、原告の受傷、治療経過その他諸般の事情をしん酌すると原告が右事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は五〇万円が相当である。
(4) 物損についての示談額
原告と被告との間で昭和五〇年一二月一〇日ころ原告車の修理費用およびその修理期間中の代車の賃借料として被告は原告に対し五〇万円を同月一七日ころ支払う旨の示談契約が成立した。
(5) 弁護士費用 二〇万円
(四) 損害の填補
被告は原告に対し前項の4の(4)の示談金のうち三〇万円の支払をした。
(五) よつて、原告は被告に対し残損害額金一六三万二、四一八円およびこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和五三年八月二六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告の答弁
(一) 請求原因(一)は認める。同(二)のうち、被告が原告主張のとおり、本件事故当時被告車の運行供用者であつたことは認めるが、被告に同車運転上の過失があつたことは否認する。同(三)の1ないし3は不知、4は否認する。同(四)のうち、被告が原告に対し三〇万円を支払つたことは認めるが、右は物損だけの賠償金ではない。同(五)は争う。
(二) 原告が通院中まつたく稼働しなかつたとは考えられず、また、原告車の修理費用四一万五、九四〇万円は明らかに高額に過ぎる。
三 被告の抗弁および主張
(一) 原告は原告車を運転中、対向車線上には駐車車両二台があり、本件事故現場はかなり急な曲り角であるので、対向車が原告車線上に進入することも予測されるので、前方を十分注視して減速して進行すべきであるのに、これを怠つた過失があり、右過失も本件事故の原因として寄与しているので被告の賠償額の算定に当り応分の過失相殺による減額がなされるべきである。
(二) 被告は原告に対し昭和五〇年一二月一七日一五万円、同月二六日一五万円支払つているほかに、治療費合計四八万七、〇一〇円を支払つている。
四 原告の答弁
被告の抗弁および主張(一)は否認する。同(二)のうち治療費の支払の点は不知であるがその余は認める。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因(一)の事実および同(二)のうち、被告が本件事故当時被告車を所有し、同車を自己のために運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないが、被告は同車運転上の過失を争い、仮定的に過失相殺の主張をするので、以下、右事故発生の状況についてみてみる。
(一) 成立に争いがない乙第一号証の一ないし五、原、被告各本人尋問の結果の各一部を総合すると次の事実を認めることができ、右各本人尋問の結果のうち右認定に反する各部分は前掲各証拠に対比してたやすく措信することができない。
1 本件事故発生現場はほぼ南北に通じ、北に向かつて一〇〇分の二の上り勾配の、右に向かつてかなり急に湾曲しているアスフアルト舗装の道路上の曲り角付近で、同道路は西側に幅員約一・四メートルの歩道が設置され、車道の幅員は約六・七メートルの二車線で、センターラインの表示があり、車両の通行量は普通であり公安委員会が最高速度を四〇キロメートル毎時に制限していること、なお、当時は晴天で路面は乾燥していたこと。
2 原、被告車の衝突場所は東西に流れている猪名川に掛つているびじよぶ岩橋北詰めから北方に十数メートル進んだ南行車線上であり、被告車は左前後輪共センターラインを超えて南行車線上に進入しており、同車の右前部と原告車の前部正面とが衝突しており、なお、右衝突地点から西方やや北寄り約八メートルの歩道の西端にカーブミラーが設置してあること。
3 被告は被告車を約四五キロメートル毎時の速度で運転し、本件道路の北行車線をセンターライン寄りに南から北に向かつて進行していたが、びじよぶ橋上を通行しているとき約二五メートル左前方の車道端付近に駐車車両が前後して二台あるのを認め、それを避けるため右斜めに約一九メートル進行し、左前、後輪がセンターラインにかかる位に対向車線上に進出したとき、右前方約二十メートル余りに同車線中央辺りを南進して来る原告車を発見し、急制動の措置を採つたが間に合わず約一一・八メートル直進し、同様に約八・九メートル前進して来た原告車と前認定のとおり被告車が衝突したこと。なお、被告はカーブミラーの確認はしていないこと。
4 他方、原告は約三〇キロメートル毎時の速度で原告車を運転し、南行車線のほぼ中央を北から南に向かつて進行していたが、カーブミラーは確認せず、約二〇メートル右前方に自車線上に進入して来た被告車を発見して急制動の措置を採つたが間に合わなかつたこと。
(二) 右事実によれば本件事故は対向車線上の進行車両の有無を確認せず、湾曲した道路上で最高速度を約五キロメートル毎時超えて同車線上に進入した被告の被告車運転上の過失により発生したことは明らかであるが、他方、原告にも駐車車両が北行車線西端にあるので、これを避けて南行車線上に進入して来る対向車両もあることは十分予測され、かつ、本件道路の衝突地点付近はかなり急な曲り角であるから、カーブミラーで対向車線上の車両の有無など安全を確認しつつ減速して進行すべき注意義務があるのに前認定のとおりこれを怠り、慢然と約三〇キロメートル毎時の速度のまま進行した過失があり、右の過失も本件事故発生の原因となつていることは否めない。そうだとすれば右事故は双方の過失が競合して発生したといえ、その寄与の割合は被告の過失を八とすれば、原告のそれは二とするのが相当である。
(三) したがつて、被告は原告に対し自賠法三条本文により被告車の運行供用者として本件事故に基づく原告の受傷による損害を、民法七〇九条により不法行為者として原告車損傷による損害を、前記の双方の過失割合などをしん酌して過失相殺した限度で賠償すべき債務があるといえる。
二 そこで原告が右事故により被つた損害について検討する。
(一) 成立に争いがない甲第三、四号証、第五号証の一ないし三および原告本人尋問の結果によれば原告は請求原因(三)の1 2のとおり受傷し、その主張の治療経過を経たこと、昭和五一年四月ころ一時症状が軽快したことはあつたが、頭重感などの症状は同年八月一八日市立河西病院での治療を終るまで続いたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 右認定を前提として受傷による損害額の明細についてみてみる。
1 治療費
成立に争いがない甲第五号証の一ないし九によれば原告の治療費に二万一、〇三六円を要したことが認められる。
2 休業損害
原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第六ないし一〇号証、右尋問の結果によれば原告はその主張の年齢の事故前は健康であつた男子で猪名川町議会議員をするかたわら、弟と共に製材業、息子と共に土木業を営なんでいたが、本件事故による受傷のため昭和五一年八月一八日まで稼働できなかつたこと、土木業は同五〇年九月息子を代表取締役にして株式会社小東組の商号で法人組織にし、原告は同年は五〇万円、同五一年は二四〇万円の給料を得て格別の減収はなかつたこと、製材業は原告自身が製材機を使用して木材を裁断したり、それを自動車で運搬したりする現業にも携つており、原告は昭和五〇年は個人の営業収入として一一二万四、九九四円を得ており、右は同年八月末まで個人名義で営業していた土木業の収支が欠損であつたことからすべて製材業による収入であつたけれども、昭和五一年は同営業による収支は九二万四、一八六円の欠損を生じ、原告が健康を回復した同五二年は一八一万六、六三九円の収益が生じていることが認められ、同五一年は木材市場の不況その他の経済変動があつた旨の特段の証拠もない以上、同年の欠損は原告が本件事故の受傷により稼働できなかつたことによるものと肯認できる。そうだとすれば右事故に会わなければ、原告は昭和五一年も前年と同様一一二万四、九九四円の製材業による収入があつたと推認すべきであるので、その休業損害を原告主張のとおり、日割計算し、休業期間を昭和五一年一月一日から同年八月一八日までの二三一日間とみて、次の算式により七一万〇、〇三七円と認めるのが相当である。
算式 <省略>
3 慰藉料
本件事故の態様、原告の受傷、治療経過その他諸般の事情をしん酌すると原告が右事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は三五万円が相当であると思料される。
4 その他の損害額
成立に争いがない乙第四号証、第五号証の一ないし一一、第六号証によれば、原告の治療費に前記1のほかに四八万七、〇一〇円を要したことが認められる。
以上合計すると原告の受傷に基づく損害額は一五六万八、〇八三円となる。
(三) 原告車の損害について
原告本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一一号証の一ないし五、右尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると原告車は原告所有の車両であり、昭和四七年九月初度登録のものであるが、本件事故により前部が大破したため原告は自動車販売業者に無料で引取つて貰い、同四八年製のニツサンブルーバードを代金七〇万円位で昭和五〇年一二月中に代りに購入したこと、原告車の修理費の見積は四一万五、九四〇円であり、原告と被告は同月一二、三日ころ市立河西病院内で被告は原告に対し同車の損傷による損害として右見積額に原告が、代りの車を購入するまでの車の賃借料を加えて五〇万円を同人の退院日である同月一七日までに支払う旨の示談が成立したことが認められ、被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に対比してたやすく措信することができない。そして右の見積額が過大であると認めるに足りる証拠はないが、原告が代車を購入するまで、他の車を賃借したことを認めるに足りる証拠もないので、結局被告は右の見積額四一万五、九四〇円に限つて右示談金を支払う債務があると認めるのが相当である。
三 そうだとすると被告は原告に対し、同人の受傷による損害として前項の(二)の合計額一五六万八、〇八三円につき前記一の(二)に説示の原、被告双方の過失割合などをしん酌して過失相殺してその二〇%を減額した一二五万四、四六六円、原告車損傷に基づく損害として前項の(三)の示談金のうち四一万五、九四〇円を支払うべき債務があり、前掲乙第四号証、第五号証の一ないし一一、第六号証によれば被告は市立河西病院に対し原告の治療費四八万七、〇一〇円を支払つていることが認められ、右は原告に対する損害の填補であり、また、被告の主張の日二回に亘つて合計三〇万円を同人は原告に対し支払つていることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第二号証および原告本人尋問の結果によれば右は原告車損傷の損害についての示談金の内払であると認められ、被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に対比してたやすく措信することができない。そうだとすれば、被告は原告に対し、前記の各弁済金を控除した残債務として受傷に基づく損害につき七六万七、四五六円、原告車損傷につき一一万五、九四〇円合計八八万三、三九六円を支払うべきであるといえ、本件事案の内容、訴訟経過、その難易度、前記認容額等を勘案すると弁護士費用は九万円が相当であると思料される。
四 以上の次第で、被告は原告に対し前記の残債務および弁護士費用合計九七万三、三九六円およびこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和五三年八月二六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるので、右の限度で原告の被告に対する本訴請求を正当として認容し、その余の請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担および仮執行の宣言につき民訴法八九条、九二条本文、一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 片岡安夫)